長かったアメリカ大統領選の決戦まで、あと一週間を切った。マスコミの報道を見ていると民主党のバラク・オバマ上院議員が圧倒的に有利な印象を受けるが、実際のところはどうなのだろうか。
この選挙の行方を占うためには、まず今のアメリカにどのようなリーダーが必要とされているかを考える必要がある。私が考える、次期大統領に必要とされる要素は以下の2つである。
1.イラク戦争をめぐって分裂状態に陥ったアメリカを、再びひとつにまとめる能力
2.イラク戦争の失敗によって失墜したアメリカの国際的信頼を取り戻すことの出来る能力
この2つの要素をどちらの候補がより多く備えているかを考えることで、この選挙の結果を予測することが出来る。結論を言えば、私はジョン・マケイン上院議員が今回の選挙戦を制するだろうと考えている。その主な論拠は以下の通りである。
1.マケインの党派にとらわれない豊富な議員活動の実績
2.マケインの外交・安全保障に関する中道・現実的姿勢
3.サラ・ペイリン副大統領候補によるマケイン陣営の支持層の拡大
4.アメリカ内陸部の保守層が選挙結果に与える影響力
では、それぞれの点について詳しく見てみよう。まずは、マケインの豊富で超党派的な議員活動である。
日本のテレビ報道に接していると、マケインはブッシュ政権の強力な支持者という印象を受けるが、実際にはマケインは共和党穏健派を代表する重鎮であり、リベラルともいえる姿勢で有名だ。例えば、保守派にとっては絶対タブーであるはずの妊娠中絶に関しても、母体に危険がある場合などについては容認するなど、柔軟で現実的な姿勢を示している。また、しばしば共和党政権に対する批判も躊躇なく行うため、「一匹狼」の異名をとっている。
その一匹狼的姿勢は、彼のこれまでの立法活動に現れている。まず、9・11の直後には、民主党の大物議員ジョセフ・リーバーマンと共同で9・11調査委員会の設立を定めた法案を提出、成立させ、また同じく民主党の大物議員ラッセル・ファインゴールドと共同で、本来共和党の支持層であるはずの大企業による政治献金を規制する法案を成立させた。
特筆に値するのが、2005年に民主党リベラルの代表格、エドワード・ケネディ上院議員と共同で、不法移民問題に関する法案を提出したことだ。この法案は結局保守派議員の賛成を得られず廃案となったが、不法移民の合法化も含めるなどかなりリベラルな内容に踏み込んだものだった。しかも、エドワード・ケネディといえば予備選段階からオバマ支持を表明していた、最も有力なオバマ支持者の一人である。
このような超党派的な活動が、幅広い層から票を集めることが期待される。マケインは、私が挙げた次期大統領に必要とされる能力、「アメリカを再びひとつにまとめる」ことを、実際の行動をもって示している。それに対してバラク・オバマは、国内の融和を訴えるその巧みなスピーチで人気を集めているが、上院議員としてのキャリアは4年に満たない。そしてその半分は今回の大統領選キャンペーンに費やしており、自ら法案を書いたことは一度もない。確かにオバマはアメリカを再びひとつにまとめるカリスマを感じさせるが、まだそれを実際の行動で示しているわけではない。
次に、マケインの外交・安全保障に関する現実的・中道的姿勢についてみてみよう。マケインはしばしばイラク増派を主張しているため、ブッシュ政権よりさらに強硬なイラク戦争支持者のような印象を受けるかもしれない。しかし、マケインのこの主張は、ブッシュ政権の派遣する兵力ではイラクの安定をもたらすことは不可能であるという現実的な判断からきている。マケインはイラク戦争を主導したネオコンのように、イラクの民主化という非現実的な目標は抱いてはいないし、イラク国民はアメリカ軍を歓迎するだろうという希望的観測も抱いていない。ネオコンはそのような希望的観測を抱いたためにイラク戦争に突入してしまい、さらに少数兵力でもイラクの安定化は十分可能であると考えたがために現在のイラクの混乱を招いてしまった。結局ネオコンは自らの理想を実現するためにはアメリカの国益を損ねても構わないという高邁な正義感から、どう考えても無謀なイラク戦争に突入してしまった。たが、マケインはあくまでも国益重視の現実派である。国益追求というと力の論理を重視するため、強硬派という印象を受ける。だが実際はマケインのような国益重視の現実派は、決して無謀な戦争はしない。
前述したように、次期大統領に要求される第二の能力は、アメリカに対する国際的信頼を取り戻せる能力である。イラク戦争によって失墜したアメリカの国際的地位を再び取り戻すには、中東情勢を混乱させないようにしながらイラクから撤退するしかない。そのためにはイデオロギーにこだわらない超現実的な判断が要求される。もし仮にイラクからの即時撤退をすれば、中東情勢は今以上の混乱に陥るだろう。また、ブッシュのようにイラクの民主化という非現実的な目標を追い続ければ、アメリカ軍はいつまでもイラクから撤退することができず、泥沼にはまり込んでしまう。
イラク戦争の失敗によって、アメリカ国民はネオコンのような、自らが正義だという思い込みの激しい政権は信用できないということに気づいた。同様に反戦運動的な思い込みの激しい左派政権も、アメリカ国民の信頼は得られないだろう。次期大統領に要求されるのは、マケインのように、イデオロギーより国益を重視する現実的判断が出来る能力である。外交・安全保障政策に関する現実的な判断力については、平和主義的な印象のあるオバマより、マケインのほうに軍配が上がる。
次に、サラ・ペイリン副大統領候補によるマケイン陣営の支持層の拡大についてみてみよう。前述したようにマケインは共和党員とはいえ、非常にリベラルで柔軟な感覚の持ち主だ。そのため穏健・中道派からの支持は強い一方、伝統的な共和党支持層である保守本流からの反発は強い。それに対して副大統領候補に指名されたサラ・ペイリンは、保守層からの人気が高い。これによってマケイン陣営は保守本流層から穏健派層まで幅広い支持を得ることが出来る。
さらに、ペイリンは4人の大統領・副大統領候補の中で、唯一アラスカ州知事としての行政経験があるという事実も大きい。アメリカの州は自律性が非常に高く、国防・外交以外の全ての国家機能を持っている。そのため州知事職は非常に豊富な内政経験を積むことが出来る。歴史的にも、上院議員から大統領になるケースよりも、州知事から大統領になるケースのほうが圧倒的に多い。そのため、外交・安全保障に関する造詣の深いマケインと、州知事職による内政経験のあるペイリンは、理想的なペアとなるだろう。
一方、オバマは、人々の共感を呼ぶスピーチで人気を誇っているものの、その経験の浅さが懸念されている。そのため副大統領候補には、1973年以来議員を務め続け、上院司法委員会委員長、上院外交委員会委員長という重職を歴任したジョセフ・バイデン上院議員を副大統領候補に指名した。しかし、この選択によって、変化と革新の象徴というオバマの新鮮で若々しいイメージが多少ながらも損なわれた。また、オバマもバイデンも同じ民主党中道派を代表する議員であるため、支持層の拡大もあまり期待できない。
そして、決して無視できないのが、アメリカ内部の保守層が大統領選挙に与える影響である。この影響は2000年、2004年の大統領選に大きく現れている。アメリカの内陸部は、沿岸部の発展から取り残されているが、そこに住んでいる人々はそれを政府の責任とするつもりはない。内陸部に住む保守層は、開拓期のフロンティア精神を受け継いでおり、基本的に自分のことは自分で守るという自己責任の信念を持っている。医療制度に関しても、国民皆保険を導入して医療が安くなっても、それによって待ち時間が長くなることを望まない人が多いようだ。その点を考えれば、民主党陣営が彼らのフロンティア精神に訴えかけるヴィジョンを示せない限り、共和党から政権を奪還することは難しいだろう。